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BSマンガ夜話で「お天気お姉さん」を取り上げられていたので
最近安達哲について、よく考えている。

安達哲の作風を一言で言うと
オナニー覚えたての中高生の罪悪感
ってことに尽きると思う。
もっというと好きな女の子(あるいはアイドル)でオナニーしてしまった時の気分というか。
劇場版エヴァでアスカが「知ってのんよ、あんたが私のことオカズにしてるって、いつもみたいにしてみなさいよ見ててあげるから」
という台詞があるのだが、そういう性的存在としての自分を知られたくない、でも実は理解してほしい!でも無理だろうなぁ
みたいな気持ち。
BSマンガ夜話でお世話になりましたってファックスが紹介されてて大月さんが「これでできるか?」って言ってたけど、多分そういう生理現象としてのじゃなくて嗜虐的な気分もセットの性衝動を持ってる時期のコにとってはピンポイントで来るんだろうなぁと思う
(俺はしなかったと思う、多分絵が好みじゃなかったんだろうなぁ)
あとそういう自分の罪悪感の反転としての自分の好きな子が別の男とセックスしてるんじゃないか?っていう処女幻想から来る恐怖感というか劣等感みたいのも、ものすごくくすぐられる。

一番わかりやすいのはキラキラで
あの作品少年漫画のヒロインしかもアイドルが途中でセックスするんですよ。しかも主人公以外の男と。
これはすごい衝撃で、今はどうか知らないけど少年マガジンとか読んでる男子にとって自分が好きなアイドルが処女かどうか?誰かと付き合ってるかどうか?ってすごい一大事で、当時、俺は某アイドルが好きで本気で「結婚するんだ」くらいまで思い詰めてて
まぁ男子校で彼女がいなかったからかなり距離感がおかしくなってたってのがあることを差し引いてもこういう心理状態ってのは童貞男子にはあるんですよ。
(だからモーオタとかギャルゲーファンの気持ちってわかるトコあるんですよ)

そういう切ない(笑)童貞男子中高生の心理を聖と性を交えて安達哲は表現するんだけど、同時にさんざん積み上げてから容赦なくぶっ壊すんですよね。で、 ぶっ壊す側がそういう繊細な心理を持ち合わせてない感性が鈍くなった大人って構図で、更に言うとその大人の中には主人公のオトコノコ達が崇拝する女の子も 含まれる、「お天気お姉さん」が特異なのはそっち側から描いてるからで。

ただそうやってぶっ壊しておきながら、壊されたはずの主人公は揉まれる過程でタフさを身につけていきある種自意識過剰な自分と決別していく。それがこの作者の得意なトコで被害者意識だけで終わらないんでですよね。世間の汚れを引き受けていく気概みたいのを感じる。
だからほとんどの作品はハッピーエンドで、もしかしたらほとんど唯一男の子の成長物語を書ける作家なのかもしれないと思う。ただキラキラにしてもさくらの唄にしても最終回だけは違和感を持つ人ってのは結構いる。俺は結構好きなんだけど。

最後に安達哲のいわゆる代表作「キラキラ」「さくらの唄」 
「お天気お姉さん」は80年代末から90年代前半に発表されてる
いわゆるバブル末期から崩壊までの時期なんだけど
この時代の性もそうだけどいろんな確かなものが壊れてく気分ってのがすごくある気がする。
多分今当時の安達哲の位置に一番近い人って古谷実だと思うんだけど「シガテラ」にしても「ヒミズ」にしても壊れてるってことが前提な気がするあと性幻想みたいのがまったくない。
大月隆寛さんはAV以降の世代ってくくりで二人を言ってたけど
それは性に対する幻想があるかないか?の違いだと多分思うんだけど安達哲にはまだロマンポルノ的というかフィルムの匂いがするけど古谷実はもっと殺伐とし たデジタルビデオで撮ってるような感じがある。インディーズビデオの感じといえばわかる人にはわかるけど、だから90年代前半の匂いを知りたい人にはすご くはまると思う一方でもしかしてその時代の空気を知らない人が読んでも俺と同じような気持ちにはならないのかなぁって気がする。

追記、マンガ夜話やミクシィのコミュニティを見ると結構女性ファンがいてびっくりするけど本当にお前らにわかるのか?って気分になる。よく女の人が「月に 一回血を流す気持ちがわかるか?」とか「子供も産んだこともないくせにわかるか?」みたいな女の特権性を使った意見ってあるけど安達哲に関しては「毎日オ ナニーせざる負えない男の気持ちがお前らにわかるか!」と問い返したくついなってしまう(毎日は俺だけか)。
それはルサンチマンとか滝本竜彦なんかでも言いたくなるんだけど
安達哲だと特に思うなぁ
多分女の人がこれを好きになるとすれば哀れみ+見下し+自分が優位に立てる優越感みたいな感じなんだろうなぁ。
男子は自分が潜在的に持つ暴力性に結構悩んでるものなんだよ。
その気持ちわかるか?
と最後に問うておこう(わかるわけないか)

更に追加

考えるためいくつか作品を読み直したけど当時感じた痛みを感じることはなかった。
以外に楽しめたのはお天気お姉さんで、出てくる卑猥なシーンを見ても山岸がオナニーしてることをバレるシーンを見てもふ~んという感じで別に驚かず普通に笑えてしまう。
あぁ俺も変わったんだなぁ汚れたなぁと思って読んでると
逆に昔は理解できなかったケイコさんが頼子によせる過剰な愛情(笑)と彼女に拒絶される瞬間のケイコの悲哀が妙にわかってしまった。
そして自分の家に帰るとまってるのが自分が屈服させたヨゴレの世界に骨の髄まで使ってる女を見て腹を立てるシーンもすごくわかる。
その頼子とのやりとりはだいたい4巻であるのだけど、実質そこがクライマックスだ。

安達哲は不思議な作家で無垢なものをとことん破壊しようとするくせに最後には無垢なるものに屈服してしまう。
多分「さくらの唄」から「お天気お姉さん」への流れというのは安達さんにとって学校への憧憬を断念して大人の作家として成熟していく流れだったと思うのだけど。
結局、無垢に回収されてしまい、その後の「幸せのひこうき雲」でもケイコさんが壊れたような(いやケイコさんは最初からかなり壊れてるから、壊れてること が抑圧と感じるようになってしまった)女先生が出てきて小学生を性的虐待をするのだけど、その子に「先生が好きだから」と言われて、屈服してしまう。
そして今はバカ姉弟で、バカ=無垢な姉弟を町中の人が気になってつい甘くして屈服してしまう民話みたいな話を書いている。
結局無垢なるものにはかなわないってことだろうか?
ちょっとよくわからない。
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