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個性のある街と、匿名的な街がある。
ベルリンは私にとって、ドイツのなかで最も個性の強い街だ。
それはもしかしたら、この街がいちばん苦しんだからなのかもしれない。
屈強な特質というのは、時につらい教訓から生まれるものである。ベルリンは苦しみの淵で、力を失うことはなかった。むしろその逆なのだ。
この街には、ドイツでも、なにか非常に稀有なものがある。「ユーモアとフレキシビリティ」
ベルリナーは、乾いた鋭いジョークを交えてあらゆる悲運を受け止めた。
彼らは必ず話の最後にひとこと言うのがつねだが、それはコミカルでいて刺がある。
もうすぐ1ダースほどの年月が過ぎるこの街は、いま、自らを創り上げようとしている。
どの街にそうした機会が与えられているというだろう?
2つの”世界”が、ふたたびひとつになる。
それは多くの人々にとって痛みを伴った出来事だが、とはいえそうした怒涛の日々がベルリンを揺るがすことはない。
いま、1986年の私の映画「ベルリン・天使の詩」を見ると、この街にはもはや当時の面影がまったく残っていないことに驚く。まったくなにも残っていないのだ。映画のなかのほとんどすべての撮影場所は消えてなくなった。空でさえ分断されていたというのに。
この街が当時放っていた感覚は、もはや記憶のなかにしかない。
ベルリンは、20世紀のほかのどの街にもない、比類なき運命を背負っている。しかしまた、比類なき記憶という財産をも手に入れた。
そうしたあらゆることが、ベルリンの個性そのものなのだ。
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